第2回尾道てのひら怪談林良司賞受賞作品『楠を翔る少女』
作品タイトル: 楠を翔る少女
筆名: 甲斐ミサキ
Kさんが艮神社を散策していた時のことである。 明け方からもやっていた霧は初夏の日差しに追いやられ、今はさわやかな薫風が体をなぶっている。 拝殿の手前、樹齢900年の張り出した大楠の枝ぶり。 とたた、という足音が聞こえた気がしてKさんは見上げた。 白のサマーセーターを着た少女がかけっこをするように枝の上を小走りしている。 パルクールのように飛び跳ね、宙返りをしながら一等太い枝の先までたどり着くとジャンプする。 あ、落ちる、と思わず目をつぶったが一向に少女が落下した気配はなく。 駆け足で空を蹴りながら少女が天に向かって吸い込まれていった。 トキカケならぬ楠を翔る少女か。 あまりにも非現実的な光景だったけれど、 不思議だ、とは思わなかったという。 Kさんはその後もその少女を目撃し続けた。 毎回、大楠の枝上を小走りしては天に駆け上がっていく。 かと思えばまた枝の上に戻ってきてい、忙しそうに再び天へ。 季節が移りゆくにつれ少女の装いも変化していった。 サマーセーターからカーディガン、シェルパーカー、もこもこのマフラー。 憂鬱なことに人々の生命を脅かす感染症がKさんの足を艮神社から遠ざける。 最後に見た時、少女は顔を大きく覆う不織布のマスクをしていた。 日常が一変したコロナ禍。 初詣の代わりに人出のない時間を狙ってKさんが拝殿を訪れるとおなじみの気配がない。 どうやら彼女もステイホームしたみたいだ。
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