第2回尾道てのひら怪談優秀賞受賞作品『くらやみ尾道』
作品タイトル: くらやみ尾道
筆名: 早高叶
今日は一日、観光を楽しんだ。たくさん写真も撮った。でも民宿で夕食を食べた後、夜の散策に出たのが運の尽き。僕は今、完全に迷っている。真っ暗な坂道を何度上がり下りしたことか。人どころか猫一匹歩いていない。時折、家の灯りや街灯を見つけて駆け寄るが、辿りつく前にふっと遠くへ逃げてしまう。
スマホに表示された時刻は2:00、丑三つ時。ずっと変わらない。しかもなぜかロックを解除できないから、電話もかけられないし地図もダメ。きっとここは異界なんだ。
「お兄ちゃんも迷っちゃたの?」
ふいに後ろから女の子の声がして驚いた。
「怖がらないで、私も同じ。でも振り向かないでね。私、変な姿になってるかも……」
「え、どういうこと?」
「長くここをさまよっていると、だんだん人間の形をなくして闇に飲み込まれちゃうの。そういう人、何人も見てきたよ」
「そんな。早く何とか抜け出さなくちゃ」
「昔、おじいちゃんに聞いたことあるんだけど、何か、闇をはらう呪文があるって」
「呪文? 尾道にゆかりのある言葉かな」
「うん……そう、たしか俳句みたいな……」
「どうしたの? 声が途切れてるよ」
「闇に……飲み込まれちゃいそう……」
「頑張って、今すぐ呪文考えるから! 俳句、五七五──あっ、もしかして!」
僕はスマホを取り出し、叫んだ。
「──ぬばたまの夜は明けぬらし玉の浦にあさりする鶴鳴き渡るなり」
途端に、まばゆい光があふれる。朝だ! 街は穏やかな姿を取り戻していた。
振り向くと、おかっぱ頭の女の子が笑顔で駆けてくる。良かった、間に合ったんだ。
「呪文を知ってたの? すごいね!」
僕は笑ってスマホを見せた。ロック画面の背景写真は、古歌を刻んだ石碑。観光中に見つけていいなと思ったんだけど、これが呪文だったとは。美しい言葉には力があるんだな。
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