第1回尾道てのひら怪談小畑拓也賞受賞作品『どっち女』
作品タイトル: どっち女
筆名: 月下蝶々
僕は高校のクラスの友人からこんな話を耳にした。栗原西の川沿いの道「どっち女」が出る。夕暮れから夜の時間帯にそこを通る若い男性に、「どっち?」と聞くセーラー服の少女がいるらしい。最初はみんな「赤い紙、青い紙」的な怪談かと思って、「黄色い紙!」などと答えたが、何を言っても決まって「はっきりせん人が一番嫌い!」と言って消える。結局、何と何のうちの「どっち」なのかが分からないということだった。 僕も気になって、行ってみた。この川沿いは、春には美しい桜並木を眺めることができるのだが、今は桜にはまだ早い。海とは反対方向へ歩いていると、ふいに女の声がした。 「どっち?……ねえ、どっちなんよ……」 「奈美さん、もうやめてください」 二年前の中学校の卒業式。吹奏楽部の先輩だった奈美さんに告白され、僕は「少し時間をください」と答えた。入部した頃から一番お世話になった先輩だ。きちんと考えて返事をしたい。その晩眠れなくなるほど考えて答えを出した。次の日の朝、奈美さんの死を知らされた。「待っとるけぇね」と言う声を聞いたのが最後になってしまった。後で聞いた話だと、あの日の夕方、奈美さんは自転車ごと川に落ちたらしい。浅い川で、川底に頭を打ち付けていて、助からなかった。 「しゅう、くん……?」 「どっちか答えますから、どうかもう、やめてください。……僕、奈美さんと付き合おうと思いよったんです。でも、もう付き合えません。だって奈美さんは、死んどるんですよ?」 一瞬、肩をびくっと震わせてから、奈美さんはふうっと息を吐いた。 「ありがとう。はっきり、ゆってくれて……」 暗がりの中で奈美さんがかすかに微笑んでいるのが見えた。 その後、「どっち女」が出たという噂は聞かなくなった。