第1回尾道てのひら怪談原卓史賞受賞作品『みてた』
作品タイトル: みてた
筆名: 真弓 創
親戚のおばさんが言うには、私は幼い頃、尾道に住むこの親戚の家に来たことがあるという。 そう言われて、一気に記憶が甦った。今歩いているこの道のことも、うっすらと思い出せる。 そうそう、この石段の坂。この瓦葺きの家。見覚えがある。 「ほうじゃ。そういえばあんた、あんとき妙なことを言うとったねぇ」 おばさんが首を傾げた。 「ほら、あそこの家を指さして『お婆ちゃん、みてた』って言うとったでしょ」 言った。覚えている。あの家の庭にニコニコ笑っているお婆ちゃんが立っていた。ずっと私のほうを見ていた。通り過ぎていく私たちを、首を動かさずに目だけでじーっと追っていたのがなんとなく気になったのだ。 だから「お婆ちゃん、みてた」と私が言うと、おばさんは「ほうじゃけど、なんで?」と答えた。幼かった私はどう答えていいかわからず、口をつぐんだのだ。 「あのとき、なんでこの子にわかったんじゃろう、って不思議だったんよ」 「わかったって、何が?」 「あそこの家の婆ちゃん、あんたが来た前の日に亡くなったからねぇ」 みてた、というのは、尾道の方言で「亡くなった」という意味があるのだと、おばさんは教えてくれた。 ……そうすると、幼い頃の私が見たのは、なんだったのだろう? そして、今私が見ているのはなんだろう? 件の家はもう目の前にあった。その家の庭には、あのときと同じ姿のお婆ちゃんが、ニコニコニコニコと、私をじーっと見つめているのだった。