第1回尾道てのひら怪談光原百合賞受賞作品『ぽゆぽゆ、ばちゃ』
作品タイトル: ぽゆぽゆ、ばちゃ
筆名: シンオカコウ
ヨーヨー釣りが苦手だ。 不器用で釣れないから、という意味ではない。地もとは夏場、商店街でよく露店が出る。焼きそばやたこ焼き、射的やくじびきなどお馴染みの屋台が並ぶ道を、大人も子供も練り歩くのが風物詩だ。 恐らく小学校にも上がっていないころ、夕闇のなか手を引かれて屋台を回り、見よう見まねでヨーヨーを釣った。ぽゆぽゆと手のひらで打ち打ち歩いていたら、ふいにゴムが切れて、水風船は道路に叩きつけられた。 ばちゃ、とやけに生々しい音。 道路に広がったのは透明な水ではなかった。 鼻腔にむわりとまとわりつく鉄臭さ。 黒いアスファルトを染めたそれは、赤い赤い液体だった。 裂けてべろりとした水風船は何かの皮のようで、地面を濡らす赤が相まって、生きていたものの死骸に見えた。 聴覚と視覚にこびりついたそれがにわかに怖くなり、家に逃げ帰った。迎えた両親は驚いていたが、ひとりで出歩いていたことを叱った。反論もしなかったし、両親には現在まで、奇怪なヨーヨー釣りのことを話していない。 ひとりではなかったはずなのだ。 あの夜、自分の手を引いてヨーヨー釣りに誘った誰かが、確かにいたはずなのだ。 顔も声も姿も、何ひとつ覚えてはいないけれど。 ぽゆぽゆ、ばちゃ、という音と、地面に広がる生臭い、鮮やかな色。そして、なぜかほのぬるかった、生きものに似た温度を持っていた、あの水風船を思い出すから。 ヨーヨー釣りが苦手だ。
了