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第1回尾道てのひら怪談優秀賞受賞作品『廃屋の画家』

作品タイトル: 廃屋の画家

筆名: 甘露煮

 地元を離れ、早半年以上。この土地での暮らしにも慣れた。行動範囲が広がったこともあり、行ったことのない場所に行こうと思い立った。存在だけ知っていた学校運営の美術館。特別行きたかったわけではない。ただ、まだ見ぬ場所への好奇心が私を動かした。  美術学科以外の学生は滅多に来ないのか、受付で所属を伝えると物珍しげな反応が返ってきた。人がいないのをいいことにゆっくり館内を巡る。最奥の展示室に入ったところで先客と鉢合わせた。先輩か卒業生だろうか、私より少し年上くらいの女性。突然私が現れたことに驚いていたがどこか嬉しそうだった。 「君、美術の子?」  彼女は画家として活動するために、他所からこの土地に移り住んだらしい。不思議と話が盛り上がり、そのままアトリエを見せてもらうことになった。坂の上に並ぶ住み手のいなくなった家屋たち。彼女はその一軒を借り受けたという。最低限の風雨は凌げるように補強し、作業場兼作品置き場として使っているそうだ。道すがら、彼女はこの土地の面白さや美しさ、その魅力を語ってくれた。 「何かの縁だし、似顔絵を描かせてくれないかな?」  設けられた椅子にかけると自然と背筋が伸びる。真剣な表情でキャンバスと向き合う彼女とそれを見る私。彼女の作品に囲まれた静寂に満ちた空間。  寒さに身震いして目が覚めた。いつの間にか眠っていたようだ。自分のいる場所を確認する。彼女のアトリエであることは間違いない。ところが、室内は打って変わって埃っぽくがらんとしている。彼女の姿は見えず、彼女の作った作品群も画材の類もない。  古ぼけたキャンバスが壁に向かって立てかけられていることに気付いた。描かれていたのは私。紛れもなく先ほど彼女が描いていた絵だ。しかし、絵の中の私は今までしたことのないような悲しげな顔つきをしていた。

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