第1回尾道てのひら怪談佳作受賞作品『類似』
作品タイトル: 類似
筆名: 鳥原 和真
結婚を予定する彼を連れて尾道の実家へ帰ると、庭が掘り返され、舟があった。 大きな木製の舟である。旧家だと庭に舟も埋まるんだね、と彼はのん気に笑う。 父が晩酌で広げたのは、古い証明書だ。倉で先日発見したというのに磯の生臭さがこびりついた証書は、蛸の墨で書かれているといい、我が家の由来を示し、かつて海で神の御使いを助けた先祖がうけた、交易権利証だと父は初めて私に伝えた。この印は舟にもありました、と彼が指さした文様は満月に絡みつく魚らしいが、丸い卵を蹂躙する無数の触手にも見え、あまり快い感じはしない。見ようによっては、私の好きな南国のエキゾチックな模様にも見えるのに。 どうせ偽物よ、と言ったが、父は妙な熱意で、ホンモノだ、夢のおつげで庭に舟もあったんだぞ、と取り合わない。それよりも、家の中がいやに磯臭く、私は頭が痛いのだ。皆はこの匂いをわからないと言う。 ああ、こんなにも運んできてくださった。夢の中で父が言う。その晩、海に盛り上がり、浜に寄って来る魚の舟。浮かんだ月に魚は群がり、無数の尾が水を叩く。舟の上で父の手を握る、蛸の頭飾りをかぶった影が囁いた。 交易だよ。交易が再び始まるよ。 翌朝、父は庭の舟の上で、もう事切れていたらしい。びしょ濡れで、溺れて苦悶に飛び出た父の舌には、美しい鱗が一枚乗っていた。それは、なにか成就のしるしに見え、そう考えたのを最後に、庭に充満していた生臭さで私は胃の中身を戻した。つわりだった。 身内の不幸があっても笑顔で産婦人科医は私の腹に機械を当てた。診察室の壁に貼られた卵子に群がる精子の写真はエキゾチックな模様に見え、微笑を貼りつけた彼は墨絵のような画面を指さして、赤ん坊だと、繰り返す。 人間の発生段階にはそう見える時期があると、頭でわかっていても、私は腹の中のそれが、鰓と尾のある魚にしか見えないのだ。