第1回尾道てのひら怪談佳作受賞作品『きみをかう』
作品タイトル: きみをかう
筆名: 小鳩平社員
大学卒業でこの家を引き払う際、買いたいと願い出てから十年間、他に売らず待っていてくれた大家さんには感謝の気持ちしかない。 十年後、約束の倍の金を用意して現れた私に、かつての大家さんは隣の畑込みで全てを譲ってくれた。 最近は尾道も古民家を買いたがる人が多いけれど、こんな山の上はねぇ、と心配してくれながら、娘夫婦の住む大阪へ越していった。 あの頃既に古かった下宿は、この十年でもっと年老いていた。一度取れたらしい改修された手摺を掴みながら、二階へ上がる。この二階が私の部屋だった。あれから誰も住んでいない。それも約束のひとつだった。 がらんどうの部屋に降り注ぐ陽の光が、私の新婚生活を祝うライスシャワーのようだ。 襖を開ける。 ごろり、と転がりでた。 ただいま、と声をかけると、眠そうに「ああ…」とだけ返事をした。 長く寝かせ過ぎたせいか、少しおかしくなっているようだった。 「俺やけに眠った気がする。優子のところに帰らないと」 私は、彼に聞こえないように舌打ちする。 「優子他の男と結婚したよ。あんたはこれからずっと私と暮らすの」 「優子のところに帰らないとなぁ」 自分がとっくに死んだことに気づかないまま、まだ女のところに帰ろうとしている。バカな男。だから殺したのに。 むにゃむにゃと同じ事を繰り返しながらまた押し入れの中に戻ってしまった。十年は長すぎたかもしれない。 あの日、ことが終わるとすぐ恋人の元に帰ろうとする彼を、私が刺した。そのまま押し入れに転がして、私のものにした。 朝になると死体は消え、夜になると彼が現れた。嬉しくて私は手に入れることにしたのだ。