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第2回尾道てのひら怪談東雅夫賞受賞作品『海走る輪』

作品タイトル: 海走る輪  

筆名: カラベ

「そんなものを見たのは、あれ一度きりだった」と、その人は言った。  それは、レンタサイクルでしまなみ海道のある橋の上を走っていた時のこと。 「空と海に挟まれて、他に何もない中を走るのは最高だったよ。まるで海の上を走っているようだった」その時の光景を思い浮かべているのか、本当に気持ちよさげに言う。 「それで気分よく走っていたら、後ろから風を切る音が聞こえてきたんだ。サイクリストの一団が来たのかと思ったから、追い抜いてもらおうと速度を落とした。音はどんどん近づいてきて、間もなく真横に並んだ。でも、自転車は一台も来なかった。音は、橋から離れた海の上からしていたんだ。その音のする方向に、長くて白っぽいものが並走しているのを目の端にとらえた。驚いてよく見ればそれは、端的に言えば……金色の輪っかだった。細い金属の棒でできているような輪で、大きさは少なくとも自転車の車輪よりは大きかった。そんな輪が、それぞれくっつくぐらいの間隔で連なっていたんだ。ちゃんと数えてはいないけど、七つか八つくらいあったと思う。それはたぶん回転していて、霧のようなものをうすーくたなびかせていた。その輪の連なりは、こちらと並走しながらゆっくり追い抜いていったかと思うと、橋から徐々に離れていって、島々が浮かぶ海の向こうに消えていった。何だったんだろうね、あれは。人が作ったようなものじゃないと思う。ただ、とにかくきれいなものだった。怖いものかどうかはわからない。きれいで、おだやかで、ちょっとさみしい感じがした。それに、とても爽やかな笑顔だったんだよ。うん、輪の中に人の顔が見えてね、みんな笑っていたんだ。思い出すたびにこちらも笑みがこぼれる、いい笑顔だった。できるなら、もう一度見てみたいね」  そう言ってその人は、輪の中で笑っていた。


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