第2回尾道てのひら怪談光原百合賞受賞作品『ウズクマル』
作品タイトル: ウズクマル
筆名: 岬とうこ
〈坂の町・尾道〉。今日も石畳の道を観光客が歩いている。カップルに家族づれ、あっちは女子大生のグループか。しゃべるわ笑うわスマホとやらで写真を撮るわ──こいつらは陽の当たる場所を好む。だから用はない。
オレが狙うのは若い女。しかも孤独で絶望のオーラを醸し出し、〝死の扉〟に手を触れている者。オレは彼女を路地へ誘い込む。
そう、尾道は〈路地の町〉でもある。いくつもの路地が坂の途中にひっそりと息づき、廃屋と化した人家が無残な姿を晒している。
狭くて薄暗く、時の流れが止まった路地。
影の吹き溜まり。神聖な狩猟地。
オレはここで息をひそめ、獲物を待つ。
ほうら、おいでなすった。
夕刻、石畳に響くヒール音。ベージュのコートを着た、長い髪の女が登場。顔は青白く、虚ろな眼。ああ、まさにオレ好み。オレは路地の奥で蠢き、彼女の足を止めさせた……。
一時間後、小料理屋のカウンターにオレはいた。ほとんどライトの当たらぬ端の席。
「せやからねママさん、うち気づいたらこの店入っててん。坂道のぼってたはずやのに」
中央に、陽気な声でしゃべりまくる若い女。
「そりゃ不思議じゃね。はい、オコゼの唐揚げ。尾道でとれたんよ」
和服姿の小柄な女将が皿を差し出す。
「うわっ、サクサクでめっちゃおいしい! これに合う地酒もくれへん?」
「はいはい」
女とほかの地元客が帰った深夜、女将は暖簾をしまい、ライトを最小限に落とした。そして、オレに向かってほほえみかける。
「うずく丸、今日もありがとう」
カウンターの端で、オレは身体をのばす。うにょうにょと広がる黒い影。
「あの子も立ち直れるじゃろ。私みたいに」
路地妖怪『ウズクマル』から、人助け『うずく丸』に──。四十年前、襲う人間を誤った痛恨のミス。まっ、これも悪くないか。
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