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第2回尾道てのひら怪談佳作受賞作品『城散歩』

作品タイトル: 城散歩  

筆名: 石岡 博之

 5年ほど前の事である。早朝の日課で散歩に出た。駅裏の商店街を抜け、階段とも坂道ともつかない斜面を登って行くと「天守閣」に出る。荒い呼吸に桜の馥郁たる香りが混じる。と、珍しく先客がいた。チェックのスーツに同じ柄の帽子を被った紳士然とした男。手にはリードを握っている。どちらから?と、訊いてリードの先を見ると只の首輪を引き摺っているだけ。失敗した、ヤバい人だと思ったがもう遅い。─弘前からです。と、訛りのある応え。合点が行った。この街に本来お城は無い。この「天守閣」は「城の博物館」として、お城を模して建てられた。その手本が弘前城なのだ。この紳士はそれを見学に来たのだ。しかし博物館として機能していたのも高々30年。「天守閣」は当の昔に閉鎖され、鯱のひとつが崩落し、見張りの人形が見守るのみ。誇れるのは爛漫と咲く桜と眺望だけという有り様。─いや、お恥ずかしい。─いや、むしろ元気すぎると言うか。─元気、ですか?─あなたは(と、紳士は語り始めた)曳家ってご存知ですか?ええ、建物を壊さず、牽引して移動させる工法ですよ。弘前城は石垣が崩落寸前で、天守閣を曳家して石垣を修復して戻すという大工事中なんですが、それが最近出るんですよ。出るって言ったら決まってる、幽霊ですよ。本丸に曳家した天守閣があるのに元の位置に天守閣が見えるって。それも鯱が落ちた天守閣が。私、ピンときました。この城が散歩に来たんだって。だって、弘前城が曳家で移動できるんだったら、自分も出来るんじゃないかって、このままじゃいずれ自分は取り壊される、それならって思うのが人情いや城情もんでしょう。だけど石垣の修理が終わらないと、天守閣が元に戻らないと、北方の守りが危うい。それにね、やはり躾が重要ですよ。躾がなってないお城は、こうです。紳士はリードを鞭のように鳴らして立ち去った。その日以来私は散歩のコースを変更した。


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