第2回尾道てのひら怪談佳作受賞作品『やまなみ高走り』
作品タイトル: やまなみ高走り
筆名: 魔魅縄
麗らかに晴れ渡る春景色の中。 二つの異形が尾根道を奔る。一つは角張った体躯に蛙の手足。もう一つは、凸凹だらけの岩から蟹の鋏が突き出ている。その二匹がぴょこぴょこと跳ね、あるいはちょろちょろと横に走り、ひたすら南を目指していた。 「のう岩蟹さんや……」 矩形の体を持て余し気味に、蛙が喘ぐ。 「こいつ、腹ん中でえらい転がりよる。なんぼ値の張る銀の簪じゃゆうて、なんで儂らが使い走りで届けにゃならんのじゃ」 「はあ、お前さんの胴腹は、葛籠でできとるけえの。着物をしまうには良いが、簪にゃ向いとらん。じゃが荷が軽いけえ、尾道にゃ早う着くぞ」 二人は三次の比熊山に蟠踞する魔王、山(さ)ン本五郎左衛門の手下だった。 「新開の八坂神社にゃ女の幽霊が出よる。夜な夜な『かんざし下さい』いうて泣きよる」 蟹がわけ知り顔で鋏を振り立てた。 「芝居小屋のお茶子が浜問屋の若旦那に惚れられた。しかし家が貧しうてのう、簪一本買えんかった。娘はそれを引け目に思うあまり、井戸に身を投げてしもうたのじゃ」 「ふん、柄にもない。魔王様が娘に懸想か」 「滅相もない! 魔王様は心根の優しいお方。ただただ娘が不憫なのじゃろう」 「わしゃ気が進まんぞ。そりゃ、下心大ありの、横恋慕というもんじゃ」 蟹が興奮した体で、口の泡を膨らませた。 「だめじゃ。この銀の道は掟の道。運上銀を届けるため、後戻りも寄り道もまかりならぬ。簪一本とて同じこと。分かったら急げい!」 叱咤され、蛙は脂汗を垂らして先を急ぐ。 春宵迫る頃、神社のかんざし燈籠に明かりが灯る。それが娘の返事なのか否かは定かでない。
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